いつも笑顔で!(「水平線の先にある夢」の続きブログ)

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富士登山(4回目の挑戦)

土日を利用して富士登山に挑戦した。

富士登山は今回で4回目になる。
1回目は御殿場方面への単なるドライブに行ったときに、ちょっと上まで行ってみようか?
という感じで、登山の装備もなしに登山靴でもない装備で富士宮口から宝永火口まで行きました。
このとき、登っている人々のうれしそうな顔を見て、自分も登ってみたくなったものでした。
それで、たしか、もう10年ぐらい前(9月3日だったと記憶している)にある程度の装備で
河口湖口から登り始めました。このときはカミさんの友達とカミさんと僕の3人でした。
夕方から登り初めて、夜には強風と頭痛で7.5合目あたりの山小屋に非難していましが、
夜が明けても強風が止まなかったことと、僕の極度の頭痛(高山病)により、下山しました。

3度目は翌年に満を持して、前年と同じ3人で再挑戦しました。
このときも河口湖口からでしたが、前年の反省として天候が安定している8月に登ることとしました。
ハイシーズンだったので、マイカー規制があり、麓の駐車場からシャトルバスで5合目まで行きまし
たが、かえって渋滞がなかったのでよかったかもしれません。
この3回目も高山病対策として5合目で時間をとり、暗くなり始めたころから登り始めました。
このときは、前回の経験から7.5合目あたりの山小屋(東洋観だったかな?)を予約してましたが、
他の人よりゆっくり登ったにもかかわらず、7.5合目あたりで激しい頭痛の高山病の症状がでてき
ました。宿泊の山小屋で休んでいれば慣れてくるかと思いきやほとんど頭痛はかるくなりませんでし
た。そこで酸素を買って少しずつ吸うと若干楽になりました。
カミさんと、カミさんの友人はなんともないようです。
カミさんの友人などは本当になんともなく、僕が休んでいる間、ちょっと上まで行ってきたようでし
た。頭痛は続いていましたが、酸素を吸いながら登ることにしました。
9合目ぐらいからはカミさんも頭痛が出始めたようでした。カミさんの友人は頂上に着いてもなんと
もないようでした。激しい頭痛を伴いながらもこのときは何とか頂上までたどり着きましたが、
お鉢めぐりと剣が峰に行くことは高山病の症状から考えると無理でした。
筋力面は大丈夫でしたが。。。
下山すると、何事もなかったかのように頭痛はなくなりました。
疲れも思ったほどではなく、結構、大丈夫でした。
ただ、登山靴を脱ぐと血だらけになってました。
僕は子供のころから足のサイズが大きく、今でも足に合う靴を探すのには苦労します。
このときにも比較的大き目の登山靴を履いていましたが、爪が隣の指に食い込んで流血したようでし
た。

今回は、カミさん、息子(小学校1年生6歳)、おばあちゃん(67歳)というメンバーだったので
頂上までということは無理かなと思っていました。

午前中のうちに7合目の山小屋を予約しました。
バイオトイレのあるところを選びました。
夕食を食べられるのは8時までと言われていましたが、
いつものように家をでるのが遅くなってしまい、おばあちゃんのところに着いたのが、1時半ごろに
なってしまいました。
相模湖インターに行く途中のワインディングで息子が前日の熱帯夜による睡眠不足のせいか、
食べたものを嘔吐してしまいました。こんな体調で登らせていいものかと思いましたが、
とりあえず5合目に行ってみることにしました。
5合目の駐車場手前で少しだけ渋滞していましたが、すでに夕方だったので15分くらいで駐車場に
入れました。
息子もうどんぐらいは食べられるようになっていたので、5合目に食事をしてから登り始めました。
出発したのが6時半ごろになっていましたので、8時までという山小屋の食事はほとんど諦めていま
した。
始め、おばあちゃんは足に自信があるのか、息子と早々行ってしまいました。
僕は、荷物やらデジカメやら、ビデオやらと面倒なことで出遅れてしまったのですが、
行けども行けども見えてはいるものの追いつきません。まあ、僕も歩くのは遅いほうなので
無理して追いつこうとはしませんでした。そのうち疲れで追いつくだろうとは思いました。
6合目の手前では追いつきました。
6合目ではすでにほとんど暗くなっていました。
おばあちゃんはさすがに疲れたようで、休憩ととりたがっていました。
荷物を持ってみるとかなり重かったので、僕の軽い荷物と取り替えてあげましたが、
徐々に休憩が多くなり始め、6.7合目ではおばあちゃんの両足がつってしまいました。
少し休んで、また、進んでも2、3mごとに休むような進み方になってしまいました。
息子も眠くなりはじめて、カミさんも休むのが辛そうだったので、先に行かせて山小屋で
待ち合わせということにしました。

8時ごろになると、土曜日といえどもさすがに登ってくる登山者はまばらになっていました。
少しずつ進んでやっと山小屋に着きました。
さすがに、おばあちゃんは安堵の表情でした。
山小屋の中では息子とカミさんがいろりの前で座ってくつろいでいました。
僕は、ペースが遅かったこともあって、まったくキツイとは感じていませんでした。
サッカーの試合で走る方が断然キツイです。いままでの経験では富士登山は7合目から8号目までが
一番きついという印象があります。酸欠で頭痛が出て頂上までまだ距離があるので精神的にも
キツイし、標準でも3時間かかると想定されています。(6→7号目は標準1時間)
それでも、おばあちゃんは、もうこれ以上、上には登れないと言っていました。
この山小屋で1晩休んで早朝にはご来光を見て(少し雲がでてはいましたが)また、少し休んでいま
したが、息子とカミさんの体調も悪そうだったので、みんなで下山することにしました。
僕も、このメンバーで初めから頂上まで行けるとは思っていなかったので、下山するほうが
いいと思いました。僕としたら、これまでの辛い経験から考えると、ちょっとしたハイキング程度と
いう感じで辛さは感じませんでした。
おばあちゃんはわかりませんが、息子は来年以降簡単に頂上までいけることでしょう。
今回も体調さえよければ、頂上まで行けたのではないかと思えました。

僕も、来年かどうかわかりませんが、剣が峰には立ってみたいと思います。